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夜空を焦がす若草山の山焼き

山焼き1images

めらめらと燃える炎と煙が山肌を焦がしてゆく。

早春の風物詩である奈良公園・若草山の山焼きは1月 第4週 土曜日に行われます。

今年は1月25日(土)夕方6時からの開始です。(点火不能の場合は2月1日(土)に延期されます)

250年前から行われている山焼きは春日大社の聖火を山法師が松明で若草山に運ぶ聖火行列から始まります。

山法師images

当日は、総勢40名の時代行列により、春日大社の聖火が若草山麓の野上神社に運ばれ、

神官による山焼きの無事を祈願する祭礼の後、18時15分頃に花火の打ち上げた後、

30分頃から全山33ヘクタールの芝生に松明で火が放たれます。

野上神社は若草山西南麓の登山口の近くあり、春日大社の境外末社で、祭神は草野姫命です。

 

グーグルマップITニュース

松明は各地から集まった約300人の自衛消防団の皆さんがラッパの合図で横一列になって一斉に点火します。

芝生が乾燥していると炎が一気に山頂をめがけて這い上がります。

真冬の空を炎が赤々と染め上げ、山全体が浮かび上がる姿は壮観の一言です。

今年はすすきも乾燥していたので火は勢いよく山肌を駆け上がりました。

これだけの大きな山を焼きつくす行事は他にはありません。

全く稀有な行事と言ってよいでしょう。

裏方の消防団の人たちは大変ですね。消火用の20Kgの袋を背に担ぎ、

燃えカスがないか点検して、こんどは消火する作業と一人二役の働きです。

 

 

この行事の起源には諸説があるようです。

1.若草山一帯をめぐる春日大社・興福寺と東大寺の領地争いがもとであるという説(僧兵が持つ松明で火が放たれるところからすると一見これが有力説に思えるが?)

宝暦10年(1760)、東大寺と興福寺の境界争いを奈良奉行所が調停して、若草山を5万日の預かりにしたことだと言われているが、文献ではそれよりも古くからあるようである。

2.春の芽生えを良くするための原始的な野焼きの遺風を伝えたものであるという説

3.若草山頂にある前方後円墳(史跡:鶯塚古墳)の霊魂を鎮める祭礼行事の説(今年のテレビではこの説を取り上げていた)

若草山は三つの笠を重ねたようなので三笠山ともいいます。

三笠焼き・三笠まんじゅう(どら焼き)もこの名前からとっています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%A9%E3%82%89%E7%84%BC%E3%81%8D

どら焼き250px-Dorayaki_001

ひがしむき商店街・萬勝堂ではビッグサイズ(約直径16cm)の大きなの三笠饅頭を売っています。

今上天皇の叔父にあたる三笠宮(大正天皇の第4皇子)の宮号は、

阿倍仲麻呂の和歌「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」に出てくる奈良の三笠山にちなんで命名されたものです。

日露戦争でバルチック艦隊を破った日本艦隊の旗艦は戦艦・三笠です。

 記念艦三笠

http://www.kinenkan-mikasa.or.jp/

  〈奈良公園への交通〉

 JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良交通バス「春日大社本殿行」で終点下車、山麓まで徒歩約5~10分。
 または、奈良交通バス「市内循環外回り」で「大仏春日大社前」で下車、山麓まで徒歩約10~15分。

お問い合せは:奈良市観光センター 0742-22-3900へ

 

 

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